誰も教えてくれない?取得費加算の特例の注意点

●税金が130万円戻っても、本当のプラスは85万円だった
相続した株や不動産を売却した方の中には、「取得費加算の特例」によって税金が戻る可能性があります。
ただし、確認したいのは還付額だけではありません。
確定申告をすることで、国民健康保険料や高額療養費制度に影響が出ることがあります。
今回は、取得費加算の特例を利用した結果、所得税と住民税が約130万円戻った一方で、翌年度の国民健康保険料が約40万円以上増えたケースを紹介します。
なお、ここでいう「誰も教えてくれない」とは、税理士や税務署が説明してくれない、という意味ではありません。
税金は税理士や税務署、国民健康保険料や高額療養費は市区町村と、確認先が分かれています。
そのため、家計全体への影響を一か所で把握しにくい、という意味です。
● 相続した株を売却し、税金が引かれていた
Aさん(61歳)は、相続によって取得した上場株式を売却しました。
後日、お兄さまから、「取得費加算の特例が使えるかもしれないよ」という連絡が。
取得費加算の特例とは、相続税を支払った方が、相続した株式や不動産などを一定期間内に売却した場合、相続税の一部を取得費に加えられる制度です。取得費が増えると、税金の対象となる売却益が小さくなり、すでに支払った所得税や住民税が戻る可能性があります。
制度の具体的な適用条件や計算方法については、税務署や税理士への確認が必要です。
今回お伝えしたいのは、制度の詳しい説明ではなく、その先にある注意点です。
● 所得税・住民税が約130万円戻った
Aさんは税務署へ相談しながら申告を進めました。
その結果、所得税と住民税を合わせて約130万円が還付されました。
ここだけを見れば、
「取得費加算の特例を使って、130万円得をした」ですよね。
しかし、翌年度に届いた国民健康保険料の通知を見ると、前年よりも約45万円増えていました。
税金が戻った一方で、別の負担が増えていたのです。
● なぜ国民健康保険料が上がったのか
Aさんが株式を売却した口座は、「特定口座・源泉徴収あり」でした。
この口座で得た株式の売却益は、確定申告をしなければ、原則として国民健康保険料の所得計算には反映されません。
一方、取得費加算の特例を利用するために確定申告すると、特例適用後に残った株式の譲渡所得が自治体へ伝わり、翌年度の国民健康保険料の計算に反映されます。
今回の結果を家計全体で見ると、次のようになりました。
・所得税・住民税の還付等 約130万円
・国民健康保険料の増加 約45万円
・差し引きのプラス 約85万円
結果としてプラスですが、実際は85万のプラスだったということです。
● 高額療養費の上限にも影響した
他にも影響したのが、高額療養費制度です。
高額療養費制度では、1か月の医療費が高額になった場合、所得区分に応じて自己負担の上限が決まります。
国民健康保険の場合、本人だけでなく、同じ世帯で国民健康保険に加入している家族の所得も含めて区分を判定します。
Aさんは、確定申告によって株式の譲渡所得が反映されたことで、高額療養費の所得区分も上がりました。
高額な医療を受けなければ実際の負担増はありませんが、
実際Aさんの配偶者が大きな手術をすることになり、自己負担上限が少し高くなることがわかりました。
● 会社員なら、同じことは起きにくい
ここで重要なのが、加入している健康保険の違いです。
会社員が加入する健康保険組合などの保険料は、原則として勤務先から支払われる給与や賞与をもとに計算されます。そのため、株式を売却して確定申告をしても、通常はその譲渡所得を理由に毎月の健康保険料が上がることはありません。
今回のような影響は、主に国民健康保険に加入している方が注意すべきものです。
● 税理士に依頼するか、自分で申告するか
取得費加算の特例を利用する場合、相続税申告書を確認し、売却した財産に対応する相続税額を計算する必要があります。申告内容が複雑であれば、相続税や譲渡所得に詳しい税理士へ依頼するのが安心です。ただし、一般の方にとって、税理士へ依頼する心理的・金銭的なハードルは低くありません。いくら還付されるかもわからない状態で報酬を支払うという不安です。
一方、自分で申告すれば専門家報酬はかかりませんが、資料確認、計算明細書の作成、税務署への相談などに時間と手間がかかります。Aさんも税務署への相談予約を取りましたが、実際に相談できる日は1か月以上先でした。
専門家へ依頼する費用と、自分で進める時間や精神的な負担を比べて判断する必要があります。
● 還付額だけでは、本当の損得は分からない
取得費加算の特例を検討するときは、税金がいくら戻るかだけでなく、
次のような影響を並べて考える必要があります。
・税金はいくら戻るのか
・国民健康保険料はいくら増えるのか
・高額療養費の区分は変わるのか
・税理士へ依頼する費用はいくらか
・自分で申告する場合、どれくらいの時間と手間がかかるのか
税務上の適用可否や申告方法は、税理士や税務署へ。
国民健康保険料や高額療養費への影響は、市区町村へ。
それぞれの情報を一つに並べ、家計全体でどうなるのかを考える必要があります。
● お金だけでなく、人生全体を見て判断する
私はFPとして、単に「どちらがお金の面で得か」を計算するだけでは、十分ではないと考えています。
今回の約85万円は大きな金額です。
しかし、そのために複雑な申告書類を調べ、税務署の予約を取り、何度も確認するのであれば、その時間や精神的な負担も無視できません。
反対に、税理士へ報酬を支払えば手元に残る金額は少なくなりますが、
・間違いがないかという不安を減らせる
・調査や書類作成に使う時間を減らせる
という価値があります。
還付額を最大化するのか、専門家に任せて安心を得るのか。自分で調べて費用を抑えるのか。
どれを優先するかは、その人の状況や価値観によって異なります。
私が大切にしているのは、目の前の税金や保険料だけを見るのではなく、
「その選択が、これからの生活や人生にどのような影響を与えるのかまで考えること」です。
取得費加算の特例を利用するか迷っている方は、還付額だけで結論を出さず、
税金、社会保険、医療費、専門家報酬、時間、安心感まで考えてみてください。
そのうえで、自分や家族にとって納得できる選択をすることが何より大切です。
※本記事は、実際に伺った相談経緯を参考に、個人が特定されないよう内容の一部を調整したケーススタディです。一般的な情報提供を目的としており、個別の税務相談、税額計算、特例の適用判断、申告書の作成・代理を行うものではありません。具体的な適用可否や申告方法は税理士または所轄税務署へ、国民健康保険料や高額療養費への影響はお住まいの自治体へご確認ください。
